作り手女性21名の卒業と工房の役割変更についてのご報告
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Writer: ソーシャルエンパワメント部門 シニアマネジャー後藤 愛美MANAMI GOTO
いつもSALASUSUの活動をさまざまな形で応援いただき、本当にありがとうございます。
これまで42名の女性たちが私たちの工房でものづくりに取り組んでいましたが、この度、2021年3月末を持って、21名が工房を卒業することになりました。
多くの女性たちが工房を離れることに驚かれる方が多いのではないかと思い、その経緯をしっかりお伝えしたく、今回の記事を書きました。少し長くなりますが、ぜひ最後までお読みいただけると嬉しいです。
コロナ禍での女性たちの成長
私たちがこれまで目指してきたのは、最貧困層出身である女性たちが、どんな場所にいても自らの力で良い意思決定を重ね、自分らしい人生を切り拓いていけることです。
そしてSALASUSUの工房は、その土台となるライフスキルや「自分ならできる」という自信を育む場所としてこれまで運営してきました。女性たちは毎月安定した給料をもらいながら、安心・安全の中で学び、成長を遂げ、工房を卒業して新しい挑戦を重ねてきました。
しかし、今回のコロナウィルスは、そんな安心・安全を彼女たちから奪っていきました。家族の多くが失業し、現金収入がなくなったことで、一気に貧困に舞戻ってしまう可能性のある女性たちもいました。SALASUSUとしても約7割を占めていたカンボジアでの商品売上がなくなり、収入が激減。生産する商品がなくなってしまったと同時に、政府からの通達もあり工房を一時閉鎖せざるを得なくなりました。
そんな中SALASUSUでは、工房が閉鎖した2020年3月から約9ヶ月に渡って、女性たちの給料を補償し続けてきました。
その方針を決めた背景には、さまざまな葛藤もありました。これまで彼女たちが自立のために学び続けてきたのであれば、まさにこういった緊急事態にでも彼女たちは自力で対応できるはずではないか。だとすれば、現金を支給することは彼女たちの自立を妨げることになるのではないか。
しかし、議論を重ねるうち、最低限の安心安全を確保した上で、彼女たちがこの危機を乗り越えるという機会からしっかりと学べるような環境を用意したい、今後同じ様な状況が訪れても、自分で人生を切り拓いていけるような経験と自信をつけて欲しい、そんな想いで給料を補償し続けることを決め、一人一人の状況を注視しながらフォローアップを継続してきました。
そしてまさに工房が閉鎖してからの約1年間、女性たちはこの状況を乗り越えるために、自ら様々な新しい挑戦を重ねてきました。
家畜や野菜を家で育て始めたり、小さな商店を始めたり、家でものを作って販売したり。家で働いてみる、という経験を通じて、育児と仕事の両立のために、工房を卒業することを自ら決めた女性もいます。
2020年11月からは人数を調整しながら工房も再開しましたが、日々刻々と状況が変わり、通常とは異なる役割分担や納期を設定せざるをえない中でも、女性たちはなんとか期限内にやり遂げようと、スタッフと共に試行錯誤を続けてくれました。
そしてその過程で、彼女たちは私たちの想像以上に、より自信をつけ、成長していきました。
私たちが大切だと信じてこれまで積み重ねてきたライフスキルトレーニングや、日々のサポートの結果を嬉しく思うと同時に、挑戦せざるをえないような環境の変化が、彼女たち自身の行動や成長を加速させるということを学びました。
もちろんまだサポートが必要な女性たちもいますが、彼女たちであれば厳しい環境の中でも自らの力で前に進み続けることができる、そんな確信を持つこともできました。
SALASUSUにとって工房とは何かー工房役割の再定義
一方で、工房の存続については、2020年の前半からその方向性について検討を続けてきました。
コロナの影響で以前のような生産の需要がすぐに戻らないことは明らかであり、工房それ自体の経営状態は純粋に厳しい状態でした。そんな中、今必死にこの工房を継続させることにはどんな意味があるのか。長年工房を続けてきたという愛着や、目の前にいる女性たちへの情から、ただ漠然と工房を存続させるために奔走することは単なる延命措置に過ぎません。
だからこそ一度原点に立ち返り、工房がもたらした価値があるとしたらそれは何だったのか、何がそれをもたらしたのか、そしてそこから、SALASUSUが社会に生み出したいインパクトを創出する、ということにとって工房の存在意義は何なのかをじっくり見つめ直すべきだと考え、議論を重ねてきました。
その過程では、外部専門家の力も借りながら、これまで工房がもたらした社会的な価値や、その創出に重要な要素を洗い出すための評価も行いました。
非常に多くの変化のストーリーを通じて、工房の場としての力強さや、これまで培ってきた「仲間と学ぶ」「安心・安全」などの教育哲学の重要性、「ライフスキル」という概念を習得したことによる自己認識の変化を改めて確認することができました。
工房を卒業した後も豊かに成長が続いている卒業生の姿も数多く見ることができ、新しい場所でも工房での学びが活かされ、成長が続いていることも確信しました。
約半年間にわたって、工房の閉鎖や規模の縮小、業態の変更等、さまざまなシナリオを想定し検討を重ねてきましたが、最終的には現在と同様に工房の形を取り、ものづくりを起点とした女性たちの成長支援を継続していくことを決めました。
しかし、SALASUSUにとっての工房の役割は整理をし、再定義することにしました。
私たちSALASUSUが、全ての事業において最も大切にする核となるのは、SALASUSUの5つの哲学です。そして工房は、その哲学そのもの意味や実現を問い続ける場、そして哲学を体現する女性たちの変化を観察し、実現のために何が必要であるかを「研究開発」する場として、継続していきます。
工房はSALASUSUにとっての一番の「現場」であり、サポートにあたるスタッフやトレーナー、そしてSALASUSUの教育メソッドにとって、原点となる体験を積む大切な場所です。
さらに工房では、農村の最貧困家庭出身の女性たちという非常に難しい背景を持ったターゲットを対象としており、彼女たちの変化や成長を促すためには、本当に意味のある教育・サポート手法を開発する必要があります。
だからこそ、この工房事業では卒業・採用・雇用人数など数でインパクトを出していくのではなく、この場所でさまざまな教育や、核となる哲学を体現する試みをたくさん行い、たくさんの学びを抽出することに注力したい。
そして、そこでの学びを工房外、具体的にはカンボジアの政府・企業・NGO・学校、さらには世界中に広げていくとともに、その経験や学びを通じて、さらにより良い教育哲学やメソッドをこの工房で働く女性たちに還元していきたい、そう考えるに至りました。
そして、この工房の役割の変化、またこのコロナ禍での女性たちの成長を鑑み、42名の作り手から現状の財務・生産状況で雇用し続けられる21名をスペシャリスト(その部門でスキルが高く、新人にも指導ができる)として改めて工房内で採用、もう21名は卒業し、工房の外で各々のキャリアを重ねてもらうという方針を決定しました。
卒業のプロセスと現在の状況について
昨年12月頃にこの卒業方針を決定し、そこから一つ一つ、準備を進めてきました。
女性たち全員に方針を共有した上で、工房で働き続けることを希望する女性たちを公募し、1人1人と面談を行いました。そして、スタッフ内で何度も議論を重ね、スペシャリストとして採用する21名を決めました。
できる限り丁寧な説明とフォローアップを心がけてきたものの、この方針を発表し、実際誰が残って働くのかが発表されてから、工房内では大きな動揺がありました。卒業することに気持ちの整理がつかず、一時直接連絡が取れなくなる女性たちもいました。工房に残る女性たち、サポートにあたるスタッフにとっても非常に辛いプロセスであり、涙する場面も多くありました。
そんな中で、あえて団体への不信感や将来への不安など、ネガティブな感情を取り扱う場を積極的に作り、スタッフも含めて全員が抱える感情を共有し合いました。
また、苦しいながらも今回の卒業を良い意思決定を重ねる機会とし、工房から離れても彼女たちが成長し続けられるよう、卒業後の具体的なキャリアプランについて考えるためのトレーニングや、村でビジネスを行うスタッフとの意見交換、実際のビジネスチャレンジをサポートするための仕組みの提供等も行っています。
もちろん、卒業する女性たちに100%納得してもらえたかというとそうではないかもしれません。しかし、根気強くサポートし続けること、対話を続けることで一人一人との関係性が深まり、現状では多くの女性たちが卒業後の生活に目を向け、前に進もうとしています。
実は、大規模な卒業式を3月末に企画していましたが、2月以降、カンボジア国内でコロナの感染が急激に拡大し、延期を余儀なくされてしまいました。今後も関わりは続くものの、一つの節目として女性たちも楽しみにしていた場でもあり非常に残念でしたが、状況が落ち着き次第、再度開催を検討したいと思っています。
3月末をもって実質的には21名が工房を卒業しましたが、4月以降も新しい場所での挑戦を振り返るトレーニング、成長をサポートするカウンセリングを月に1〜2回、約半年間継続していきます。4月の下旬には第1回のトレーニングも実施し、多くの女性たちの元気な姿を見ることができました。1人の卒業生の声をご紹介します。
「卒業すると聞いた時は、これから何をしたらいいのか、自分には何ができるのか分からず、とても不安でした。スタッフの助けも借りながら今後に向けての計画を考え、家庭菜園でレタスを育てていた経験があったので、それをやってみることに決めました。
初めのうちは自信がありませんでしたが、勇気を持って始めてみると、たくさんのレタスを収穫することができました。挑戦したら自分もできるんだということに気づき、そこから育てるレタスの量を増やしていきました。SALASUSUから受けるサポートも、やってみようという気持ちを後押ししてくれました。
今では工房で働いていた時よりも、多くのお金を稼ぐことができ、家族ともずっと一緒にいられて、とても嬉しいです。工房のみんなを恋しく思うこともありますが、挑戦できてよかったと感じています。これからも家族を安定して支えるために、もっともっとがんばりたいです。」
現状は多く女性たちが「ニワトリや豚などの家畜を育てる」「家でお菓子を作って売る」「技術を身につけるためにサロンで働く」「街のレストランで働くことに挑戦する」など、具体的なプランを持ち、新しい場所で前向きに挑戦しています。
一方で、中には自分の意思が持てない、やりたいことはあっても行動に繋げることが難しいという女性もおり、引き続き、工房の外でも挑戦・成長を促せるよう、関わり続けたいと思っています。
最後に
今回の卒業生たちの多くが今自信を持って挑戦できているのは、コロナ禍の最も辛い時期に、安心してさまざまな挑戦を重ねる経験を積むことができたからだと強く感じています。
そしてそれは、葛藤がありながらも給料補償を一定期間続け、その成長機会を作ることができたからこそであり、そこでの経験や自信が今新しい場所での挑戦につながっています。
その実現をクラウドファンディングを通じて応援してくださった方、サポーター会員・都度のご寄付、商品の購入等で支えてくださった方には感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。
今後も工房で働くスペシャリストは、より良い商品を作り皆さまにお届けできるように、卒業生は新しい場所で自分らしく人生を歩んでいけるように、スタッフ一同力を合わせて、サポートを継続していきます。
工房では、まさに研究開発の場としてより価値のある教育プログラムを開発するため、これまでよりも短い期間で新規の女性たちを受け入れるインターンシップ制度の開発にも挑戦する予定です。
これからも本ブログ、SNS等で卒業生、工房で引き続き働く作り手、新入生の様子も報告していきたいと思っています。今後も、SNSでのいいねやシェア、商品の購入、サポーター会員としての参加や都度のご寄付を通して、私たちの活動を応援いただけると幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございました。ご意見、ご感想などございましたら、ぜひ以下のフォームよりお寄せいただけると幸いです。ぜひ引き続き、SALASUSUをどうぞよろしくお願いいたします。
SALASUSUスタッフ一同
ソーシャルエンパワメント部門 シニアマネジャー後藤 愛美MANAMI GOTO
厳しい環境で生きる人々の力になりたいと、コンサルティング会社、前身かものはしプロジェクトを経て、2018年よりSALASUSUに参画。カンボジア駐在。工房の女性たちのケアやトレーニングを担当するかたわら、現地の様子を伝える広報活動にも力を入れる。SALASUSU Paper編集長。韓国カルチャーにハマり中。